鶏の名前|和田くんの就農スケッチ

和田会長

わが家には、犬と猫と鶏が5羽いる。犬の名前はケン太。猫の名はレノ。5羽の鶏にも名
前があって、雌のラーラ、ルル、チャ-ちゃん、リリー、新入りの雄がタッキーという。
 就農以前、私の鶏に対する印象は、表情がとぼしく無愛想なのに餌に対しては貪欲で、
しかも雄は粗暴でかわいくない、というものだった。もっともそれは、何百羽という集団
で飼われていた鶏をちょっと見たことがあるというだけの偏見に満ちた印象に過ぎない。
 この3年間、卵の自給にと飼い始めた鶏だったが、毎日見ていると1羽1羽それぞれ個
性的でとても魅力的なのだった。タッキーが現れるまで雌の群れをまとめリーダーシップ
をとっていたラーラ。餌をねだる時の哀願のまなざし、頭を縦に大きなお尻を横に振りな
がらヨチヨチ歩くルル。単独行動が多くひょうひょうとわが道をゆくチャ-ちゃん。人見
知りがあり動きも鈍く体も他の者より少し小さいリリー。うちに来たばかりの頃は、おど
おどして自信がなさそうだったが今では堂々と群れを引っ張っているタッキー。それぞれ
の表情、しぐさ、立ち居振舞い、行動様式、性格など、みな独特で愛らしい。
 ところが去年の夏、欲張って一度に8羽も鶏をもらい、もともと残っていた2羽に加え
て10羽になった時、農繁期で忙しい時期だったせいもあるが、この新入りの8羽には、
とうとう名前が付かなかった。私はこのとき鶏1羽1羽の識別さえできなかった。私の鶏
を飼う能力と力量の限界は、せいぜい6~7羽だろうかとこの時は思った。
 話は変わるが、くらぶち草の会の先輩に竹渕進さんという人がいる。竹渕さんは、10
年以上前に東京からこの倉渕村に就農した人で、鶏を平飼い(鶏が地に足をつけて走り回
れるような飼い方)で約400羽ほど飼っている。もう長いこと鶏たちと親しく過ごして
いるせいか、竹渕さんの顔やしぐさ挙動には鶏を思い起こさせるものがある。その竹渕さ
んは採卵箱から卵を取り出す時に必ずペコリと一礼するのだという。あの竹渕さんが鶏の
ように頭を縦に振る様子が私には目に浮かぶ。私が竹渕さんを見習いたいと思うのは、卵
という生命の源をいただく際に、鶏に対する礼節を失わないこと。無意識に近いほど身体
にしみついた首を垂れるその動作。それは彼の日々の暮らし振りからにじみ出るようにご
く自然に行われる。一方でオートメーション化された工場のように効率化された養鶏があ
るのに対し、徹底して非効率でありしかし自然や生命への畏敬の念を抱かずにはいられな
いような作業の流れが竹渕さんの仕事にはある。
考えてみれば卵も野菜も肉や魚の切り身も食べる物のほとんどすべてが、その生育過程
も見えず、出来上がった商品だけがラップされ陳列されている。原材料や生産過程の説明
が詳しい商品などは、まだいい方だ。いずれにしても、生命への尊厳が見えにくくなってい
るのが、今の社会の効率優先・経済優先のシステムではないだろうか。「有機栽培」の認
証も付加価値のためのただの商品表示になってしまわないように気をつけなければなるま
い。
 ところで、わが家では年に2~3羽の鶏を絞めて食べるが、その鶏にはあらかじめ名前
をつけないよう、愛着が湧かないように努めている。それは、固有の名前を持つ鶏は殺す
ことが出来ないからだ。私はその名前のある鶏のできるだけ自然な死を待つのみである。
それは、鶏だから、犬猫だから、動物だから、人間だから、あるいは昆虫、植物だからと
いうことよりも、私にとってその相手が、かけがえのない(唯一の、単独の、固有の)存在
かどうかということに関係がある。
名前のある鶏は殺せないが、名前のない鶏なら殺すことが出来る。なんと傲慢なとおっ
しゃるかもしれない。しかし、食べるという行為は、それが植物であろうが動物であろう
が加工品であろうが、何がしかの命をいただくことに相違ない。(潮田氏の説によれば、
塩以外の食べ物はほとんどすべてが生き物系なのだそうだ。『ねもはも第4号』参照。)
あえて言えば、食べる以前に直接自分の「手を下して」いるかいないかの違いだろう。
鶏は首をひねって絶命させ、体がまだ温かいうちに羽根をむしる。首を落とし、肛門を
裂きそこから内臓を取り出す。鶏の頭は猫のレノのもの、羽根と腸は焼いて土へ還すがそ
れ以外は調理されて私たちのお腹におさまる。骨は何度もスープをとり最後は犬のケン太
の食事となる。
鶏を絞める場面には息子を立ち会わすようにしているが、名のない鶏をさばく場合でさ
えその行為は重く、命の尊さを感じる。そして、その重い空気の中から感謝の念が自然と沸
き起こる。鶏を絞める場面は残酷に見えるかもしれないが、その残酷な行為ぬきに私たちは
生き物の生命をいただくことはできない。我々の日常では、命を奪うという残酷さや生命
の尊厳が見えなくなっているだけだ。その生命の重さ尊さを息子たちには知って欲しいし
、私自身も忘れないために、私は食べるものにはできるだけ自分自身の手をかけるように
したい。簡単便利ではない「手をかける」という行為の中に在る節度と豊かさを自分たち
のものとするためにも。

この文章を書いた人
和田くん
愛妻よっちゃんとは、勤務先の野菜宅配会社で出会った。結婚後、野菜宅配会社を辞め、群馬県の倉渕へ移住。くらぶち草の会に加わり、有機農業を始める。現在は、新規就農者の世話を焼くのが、なにより楽しいらしい。手塚治虫のファンで、全集400巻を揃える。