堆肥まき|和田くんの就農スケッチ

和田会長

私たち夫婦が共通して好きな農作業に、堆肥まきがある。

わが家の堆肥、とくに畑にまく状態の堆肥には、生糞尿のようなアンモニア臭はほとんどない。植物が乳酸醗酵したような独特の甘い香りがする。

コーヒーやウーロン茶のかす、稲藁、麦藁、平飼いの鶏糞、米ヌカ、なめこの廃床(おがくず)、石窯から出た草木灰などの原料を混ぜ合わせ、何度か切り返しをして出来た堆肥を軽トラに積み、スコップで畑にばら撒く。

堆肥は温かく、寒い冬でも身体がぽかぽかと温まる。堆肥を撒きながら、畑が肥えて作物が良く育つ姿を想像すると楽しくなってくる。また、1枚の畑、1反から2反(約300坪から600坪)を撒
き終えた時の達成感もうれしい。水分を適度に飛ばした堆肥はそれほど重くなく、全身運
動なので身体の特定の部分がこったり痛くなったりすることも少ない。堆肥まきをした晩
は、気持ちよくぐっすりと眠ることができる。畑は全部で1町歩(約3千坪)以上あるが
、晩秋から早春にかけて少しずつ撒いていくので、作業もそんなに辛くもない。
堆肥を手で撒くと、いいことがいっぱいある。まず、堆肥の状態がよくわかる。醗酵が
不十分だと異臭がして気持ちがよくない。(もちろん、畑や作物にとってもよくない。)
水分が多すぎると重くて撒くのがつらくなる。(醗酵にとってもきっとつらい。)だから
、撒いていて気持ちのいい状態の堆肥を維持しようと心がけることになる。次に、堆肥の
畑への適度な散布がしやすくなる。畑の前作や次の作物のことを考えながら、微妙な量の
調整も可能だ。だから、畑に堆肥を撒き過ぎるということも少ない。大抵の場合、腹八分
目の施肥で納まってしまう。(八分目の施肥の賛否は別にして)
わが家に畑の手伝いに来て堆肥まきをする人は誰も彼も、顔を紅潮させ気分上々で仕事
をしている。そして「また堆肥まきがしたいです。」と言って元気に帰っていく。堆肥を
撒くとなぜ元気になるのか?(私はひそかに「堆肥まきハイ」と呼んでいる。)堆肥の中
には目に見える小さな蟲たちから見えない微生物たちまで(害虫も益虫も、有害微生物も
有用微生物も)数え切れないほど無数に存在している。堆肥を撒いて元気になるのは、そ
れら無数の生命たちのエネルギーに触発されるからに違いない、と私は考えている。
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 借り受けたばかりの畑で、どこか荒涼とした畑があった。そのときは、なぜだかわから
なかったが寒寒とした感じをその畑からうけた。1年経ち、2年が過ぎ、3年目にその畑
で作業しているあるとき、なぜだか楽しくなってきた。いつの間にかその畑は、にぎやか
な生命であふれていた。地面に顔を近づけて畑を見ると、地を這う蜘蛛、蠢く虫たち、み
みず、アブラムシ、てんとう虫、ハムシの類、青虫、アゲハの幼虫、小さなバッタ、名前
もわからない虫…。きっと、目に見えない生物はその何百倍も生存しているのだろう。私
は心がわくわくと踊りだし身体の奥が熱くなってくるのを感じた。私はその畑がだんだん
好きになった。
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私たち百姓は、草取り、間引き、収穫など、地を這うような地面をなめるような仕事も
多い。その目線で畑を見て、身体で感じ、同じ空気を動植物たちと過ごす。畑に足を運び
、作物に足音を聞かせ、成長やその様子を観察し、作物の声に耳を傾け施肥や追肥の時期
や量を考える。
ここ最近、畑の土のpHや石灰、苦土、カリ、リン酸、EC、可給態窒素などの成分分
析による土壌診断の必要性が盛んに言われるようになった。私も各圃場で3年に1度くら
いは分析を頼み、その診断の結果を参考にしている。しかし、私はそのデータに多くを依
存したくはない。それは、現在の土壌診断が生物性をまったく考慮していないからだけで
はない。いつか、土壌分析で生物層や生物数までもが数値化される時がやってくるかもし
れない。もしそうなれば、そういったデータは大いに参考になるに違いない。しかし、土
壌の肥沃度も生物数も、数値化されて「わかった」つもりにはなりたくない。自然の力は
、数値に表れないもの、目には見えない部分の方が遥かに大きいのではないか、と私は考
えている。どんなに科学が発達しようとも、人間にとって不可知の領域はきっとなくなら
ない。おそらく、今の私にできることは、畑や土を、動植物を知り尽くすこと(管理し支
配すること)ではなく、その畑を、その動物や植物を好きになることだけだろう。

この文章を書いた人
和田くん
愛妻よっちゃんとは、勤務先の野菜宅配会社で出会った。結婚後、野菜宅配会社を辞め、群馬県の倉渕へ移住。くらぶち草の会に加わり、有機農業を始める。現在は、新規就農者の世話を焼くのが、なにより楽しいらしい。手塚治虫のファンで、全集400巻を揃える。