水のみ百姓|和田くんの就農スケッチ

和田会長

「百姓」は、差別語であった。

百姓が蔑まれていた時代もある。ごく最近まで、貧しい農家のことを「水のみ百姓」と侮蔑する言葉が使われてきた。都会で一旗揚げようと故郷を離れた若者の夢が破れたときには「田舎に帰って百姓でもするか」とネガティブに語られる。

農家の生活の内実は以前とは変わって、農業は食糧を生み出す生命の産業として認められつつもあり、他業種からの新規就農が増えていると聞く。

私も、新規就農者である。私が所属するくらぶち草の会の先輩百姓たちは、土を耕して動植物を育むだけではなく、風を読んで気象を予測し、荒野を切り拓いて沢から水を引き、山から木を切り出して炭を焼き、小屋を建て、上下水道を設け、溶接で鉄を組み、竹細工で籠を編み、たくさんの薬草を知り、味噌や漬物を加工して貯えるなど、おおよそ身の回りのことは何でもやる。大工仕事では、家まで建ててしまう。百姓百品という言葉にふさわしく、百種以上の野菜や穀物を栽培している人もいる。このように目標となる先輩百姓たちに囲まれた私は、ほんとうに恵まれていると思う。

しかし、それでも世の中全体でみれば、百姓を憧れの職業と感じるのは圧倒的に少数であろう。農家は後継ぎ問題や嫁不足に悩み、山村は過疎化を止められない。職業に貴賎はないと言いながらも、社会的に尊敬される職業は、医者や弁護士であり、就職戦線で人気があるのは、相変わらず一流企業ではないだろうか。そして、それが社会大勢の価値観なのである。

価値観や価値の基準ということが、私にとって重要なテーマであった。どのようにして特定の価値観が生まれ、それが社会に定着し、人々の身体に染み付いていくのか。どうすれば、現在の社会の価値観を変えることができるのか。

ある前衛的な舞踏家が、脳性麻痺者のアテト-ゼ(不随意運動)を伴う一連の動作を見て、「斬新で美しい動きだ。自分の踊りにも取り入れてみたい」と語っていた。アテト-ゼを伴う脳性麻痺者の動きは、見慣れない人から見れば確かに斬新かもしれない。私は「障害は個性だ」という言葉が好きではないが、脳性麻痺者ひとりひとりの意図せざる動きや身体の線、意識的には作ることのできない表情や話すときの口の動きや独特の発語には、それぞれに固有の「その人らしさ」を感じる。それを「美しい」と感じる感性に私は共感を覚えるが、障害者が街に出たときに受ける視線の多くは、見慣れない動きや姿かたちに対する「奇異」の感情ではないだろうか。

多くの障害者は、養護学校や施設で成長し、生活する。障害者が健常者と接する機会が少ないということは、逆に言えば、健常者は障害者から隔離されているということである。積極的に障害者と接する機会を作ろうと心がけなければ、健常者は脳性麻痺者と付き合う機会に恵まれないだろう。そして、そのような社会では、脳性麻痺者のアテト-ゼに「親しみ」あるいは「当たり前」といった感情を抱くのは難しいにちがいない。

「働かざる者、食うべからず」や「能力に応じて働き、働きに応じて受け取る」といった言葉は、今の世の主流であろう。主流であることに何の疑問も持たない者も多いだろう。たいていの親は「他人様に迷惑をかけないように」と、子どもに言い聞かせる。

だが、これらの言葉の影に潜む価値観は、障害を持つ人たちを抑圧する社会を形作る。そして、これらの言葉や価値観を暗黙の前提としている福祉には、どうしても憐れみからくるお恵み的な臭いを消すことができない。老いや障害は誰もがなりうると言って相互扶助を強調したところで、その社会の深部に横たわっている価値観が変わらないかぎり、福祉という言葉は本来の意味と鮮度を失い、その内実は裏切られるだろう。

そして、そのような社会では、表立った差別や露骨な嫌がらせは減っているのかもしれないけれど、仕事や理解の遅い者、不器用な者、障害を持つ者たちは、否定され、虐げられ続けている。

私が20歳の頃からやりたかったことは、「福祉」や「農業」といった枠には収まらないものだった。それは、今も変わっていない。自分の仕事や生活、感性や価値観を解きほぐしながら、触発的に仲間の輪を広げて行くこと。自分にできることで、心からやりたいと感じることをやること。それを私は、百姓という生き方の中に見出した。

宮沢賢治が、農民芸術概論の序論で、こんなことを言っている。

「おれたちはみな農民である ずゐぶん忙がしく仕事もつらい
もっと明るく生き生きと生活をする道を見付けたい
われらの古い師父たちの中にはさういふ人も応々あった
近代科学の実証と求道者たちの実験とわれらの直観の一致に於て論じたい
世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はあり得ない
自我の意識は個人から集団社会宇宙と次第に進化する
この方向は古い聖者の踏みまた教へた道ではないか
新たな時代は世界が一の意識になり生物となる方向にある
正しく強く生きるとは銀河系を自らの中に意識してこれに応じて行くことである
われらは世界のまことの幸福を索ねよう 求道すでに道である

まづもろともにかがやく宇宙の微塵となりて無方の空にちらばらう」

この文章を書いた人
和田くん
愛妻よっちゃんとは、勤務先の野菜宅配会社で出会った。結婚後、野菜宅配会社を辞め、群馬県の倉渕へ移住。くらぶち草の会に加わり、有機農業を始める。現在は、新規就農者の世話を焼くのが、なにより楽しいらしい。手塚治虫のファンで、全集400巻を揃える。